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久々にメンショフHPが更新されていました。
ロシア版(?)ガゼッタでのインタビューのようです。


「理想的な仕事」

メンショフは過去に2度優勝しているブエルタへの参加を突如取りやめた。
熱いスペインではなく、故郷のオリョールで家族と過ごす事を選んだ。


インタビュー:ロシアン・ガゼッタ
「今年はジロ優勝というすばらしい結果を残し、多くのみんなは、きっとあたながブエルタを勝ちにくるだろうと予想したと思うのですが?」


ジロの後、オリョールで休暇に入ることもできたけれど、今年の目標はジロとツール、両方で成功する事だったのです。
3大レースは、最も強い選手達が参加するものだから、例え私が勝てなくても、誰も私を非難したりはしないでしょう。
今年のジロで私はフルで働いたのです。
その当然の結果として、ツールではジロでたまってしまった疲れが影響してしまいました。
シーズン目標に沿うためにも、この疲労が残る中でブエルタに参加しても良い結果はうまれないと判断したのです。

「休暇にオリョールではなく、海外のリゾートに行ったりはしないのですか?」

オリョールは私の故郷ですから、やはりゆっくり休める場所なのです。
友人もたくさん住んでいて、家族ともたくさん一緒にいられます。
私は11月までオリョールに滞在する予定です。
それに、海にもちゃんと行きますよ。妻と一緒にタイに行く予定もあります。

「では、もう自転車は倉庫に閉まって、車で移動ですか?」

今のところ、自転車の練習は続けています。
オリョールの郊外に走れる場所があるので、ここ何年もそこで練習しています。
でも、丁度今は、釣りや狩りが解禁の時期ですから、自転車に乗らない時間もあると思います。
それに車については、私は車が大好きなので、もちろん車にも乗っていますよ。
何台かの車を持っていますが、アフトヴァーズ9の「ジグリー」から私の車歴は始まっています。
「ジグリー」のウィキ

「最初の車を覚えているように、最初の勝利を覚えていますか?」

オリョールで12歳の時に優勝したのが、最初です。
覚えている唯一が、多くの子供達が自転車に乗っていたという事です。
最初のレースはとても大規模で、結果がわかるのに数日間かかるようなものだったので、それが初勝利だということは、すぐにはわからなかったのです。
プロになってからの初勝利、2年目にジュニア版ツール・ド・フランスで優勝した事は覚えていますよ。

「すぐにアマチュアからプロになったことに後悔しませんでしたか?」

十分な給料をもらえ、満足できる仕事ですから、後悔はありませんよ。
私にとってロードレーサーは「理想的な仕事」と言えます。
他の仕事は考えられないですね。
でも、プロになるというのはとても難しい事でした。
アマチュアとのレベルの違いはすぐに感じましたよ。
長いこと悩みましたが、耐えられない事はないだろうと思ったのです。

コーチのコメント
「21歳にしては落ち着いていました。そして、30数歳まで成功を収めています。
あっという間に2年が過ぎ、結果にあらわれるようになったのです。」

「プロ選手の中で、誰か目標とする人はいましたか?」

特にアイドルだった選手はいませんでしたね。
子供時代に最初にみたレースはロシアのレースでしたし。
・・・もし、今の時代で考えるなら、世界でもっとも強い選手はコンタドールだと思います。
今現在ではなくて、全ての時代のレーサーとして選ぶなら、アームストロングでしょうね。

「プロとして数々の勝利を手に入れていますが、オリンピックのメダルはありませんね?
北京オリンピックで注目されながら、メダルが取れなかったのはなぜだったのでしょう?」


他のスポーツと一緒で、オリンピックで勝つことは最も権威あるものの一つと考えられているので、多くの選手がオリンピックで勝利することを夢見るのです。
昨年の私はロシア選手のランキングで1位でしたから、私に期待がかかるのは当然です。
もちろん、オリンピックで勝ちたかったですが、私はワンデーレーサーではなく、ステージレーサーなのです。

「次のオリンピックを目指しますか?」


そうしたいとは思いますが、私はもう31歳です。
ですから、オリンピックを見据えることはないですし、今後どんな風に転がっていくかはわからないです。
私のプロ契約はあと数年で終わるので、更新したいとは思っています。

「多くの有名なスポーツ選手のように、自分の名前のついた学校を持ちたいとは思いませんか?」

そういったことを考えたことはないですね。
確かに、ロシアで自転車ロードレースはまだまだ発展途中です。
ヨーロッパではとても人気があって、レースが開催されれば、近隣住民が観戦に来てくれます。
しかし、レースによって交通が制限されることに対する不満などもでてきます。
自転車学校に関しては、まだまだ改善の余地があるので、まずはオリョールの子供達に新しいバイクやユニフォームを支援するところから始めています。
こういった慈善活動が子供達に伝わると信じています。

「こういった活動をされていても、ロシアではなくスペインで住んでいるのはどうしてですか?」


単純に地理的にスペインのほうが便利ですから。
でも、ロードーレースをやりきったらロシアへ戻るでしょう。

「かなり若くしてスペインへ移られましたが、困難な事はありましたか?」

問題はなかったですよ。
すぐにスペイン語の勉強をしたし、コーチも雇いませんでした。
本屋へ行って、スペイン語の会話帳を2冊買いました。
私には語学を勉強する時間がたくさんあったので、一冊を読み終わった時にはかなり理解できていて、どんどん話していましたね。
そして、チームで働く中で、徐々に英語も勉強しました。

「あなたをみて多くの子供達があなたのようになりたいと夢見ています。
何かアドバイスはありますか?」


大切なのは、自分自身を信じること、そして、一生懸命トレーニングをする事です。
自分に甘えを許したり、おごることは、このスポーツでは許されないのです。

「来年の計画は?」

今年と一緒です。
ジロのタイトルを防衛し、ツールで成功するために準備していくつもりです。



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というわけで、今年のメンショフさんはシーズンオフ決定ですね。
お疲れ様でした。

世界選手権で姿が見れるかな~と思っていたけど、それもなしですねえ。
少し残念ではありますが、のんびり家族サービスに努めてください。


しかし・・・ロシア系インタビューで必ずあるのが
「で、ロシアにはいつ帰ってくるの??」という質問。
毎回、「ロードレーサーを終えたら帰りますよ。」と答えているにもかかわらず・・・。
お国の英雄として扱ってもらえている証拠なんでしょうね。苦笑。



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ついに、バルベルデがグランツールの表彰台の真ん中に立つ日が見れました。

おめでとう!バルベルデ!
おめでとう!ケースデパーニュ!!


バルベルデの隙のない冷静な走りは、確かに今までの後一歩で何か起こしてしまったバルベルデとは違っていたようにみえました。
そして、バルベルデの走りと共に、チームメイトの走りがすばらしかった!!!


今日のレース中、バルベルデを囲んでチームメイトみんなが肩を組んで横にならんでいる姿がありましたが、こういう光景をみていると、ロードレース見てて良かったよ~と思えます。




エヴァンスは惜しかったけど、表彰台に上がれて良かったし。
(あの、メカトラブルがなければ~~~)
へーシンクにも表彰台に登ってほしかったけど。
(あの、落車がなければ~~~~)

落車もメカトラブルも誰にでも起こること。だしね。


いやー、ブエルタ、面白かったし、楽しかった。
逃げるルーと追い上げる集団のぎりぎりの攻防とか。
久々にみたミラーの嬉しい勝利とか。


tiyo0920.jpg
祝!バルベルデ優勝!ってことで、手製毛ガニジャージ姿の千代助です。

ジャパンカップ用にちくちく作っていたのですが、なんとかバルベルデ優勝に間に合ったっす!



これで、今度はプリトを応援しに行きますよ!
うふ。うふふふ。
もちろん、アンディやバッソや選手みんなを応援しに行かなきゃな~♪