FC2ブログ
ジロを終え、今頃はスペインの家でのんびりしているであろうメンショフ。
次に向かうは・・・ツールですか。

ジロ前に旦那や友人に「今年はメンショフのダブルツールだ!」と大見得をきって言っていたけど・・・こういう状況になると、それはそれで不安や心配がいっぱいだったりして。


とりあえず・・・いろんなところで、インタビューを読むことができ、嬉しい限りです。
こんなことじゃないと、あんまりメンショフの記事ってないから・・・。


ロシアのサイトСПОРТ-ЭКСПРЕССでのメンショフインタビュー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『デニス・メンショフ ・・・・次はツール・ド・フランス』

昨日、通信員のセルゲイ・ Бутовуが、世界で最も権威のある自転車ロードレース「ジロ・デ・イタリア」で優勝した31歳のロシア人、デニス・メンショフにインタビューを行った。
2000キロを超える距離を86時間かけて走り、2位のダニーロ・ディルーカとの差はわずか41秒だった。


デニス!素晴らしい勝利でしたね!おめでとうございます!
正直に言って、勝利そのものよりも、優勝が決まった時のあなたの反応に驚きましたよ。
ローマでのTTの最後にみせたあなたの感情の爆発は、今までの穏やかでまじめなイメージと全く違っていて、今ではあのイメージとなってしまいましたよ。

(微笑みながら)ええ、私自身もああなるとは思っていなかったですよ。
でも、感情がおさえられなくなっていたんです。
この優勝が普通の勝利ではないからじゃないかな?
全ての様々なことが積み重なった結果なんです。
あなたも知っているように、最終ステージまで熾烈な闘いは続いていて、私のアドバンテージは秒単位でしたから。
最終的には、ジロの勝者となれたわけですが・・・・これは私の人生において最も重要な勝利となりました。



表彰式で主催者が流したのは、ロシア国歌ではなかったですよね?

ロシア国歌ではなかったですね。
でも、一般的な印象としては問題なかったので、肯定的に「政治的な非認識」だと思っています。



ゴール前1キロであなたが落車したとき、テレビの前の私たちがどんなだったのか、上手く説明できないですよ。
あの劇的な瞬間、あなたの心の中で起こったことを説明してくれますか?

それはとても難しいことなんです。全ての事が10秒の間に起こったのですから。
私自身も何かをはっきりと感じるように、全てを理解する事はできなかったのです。
パニックにならずに、すぐに自転車に戻れたのが成功の鍵でしたね。
無線を通じて、この時点で私がディルーカに30秒のタイム差があると伝えられていました。
彼らは危険を冒さないように!と言っていたので、私も平静を維持しようとしました。



あなたも知っているとおり、落車の時のメカニックの対応はプロとしてすばらしいものでしたね。

ええ。ヴィンセント・ヘンドリックスは素晴らしいメカニックとして有名ですよ。


ジロはあなたのキャリアの中で最も重要な勝利だと言っていたけれど、ではブエルタは?

もちろん、スペインでの二つの勝利に大きな敬意を持っていますよ。
でもグランツールであってもジロはまた特別なのです。
理由は・・この偉大なレーサー達が多く集まったジロで勝利をあげることができたのです。
そして今年のジロは100周年の記念大会で、毎日が興奮につつまれたレースでした。
マスコミの取材も半端ではなく、取材合戦に抵抗するためにも、もうこれ以上ジロについて話すことはないでしょうね。


かつてのロシア人チャンピオンパベル・トンコフはジロを「エゴイスティックな世界」と言っていました。
マリアローザを着てジロを走ってみて、熱狂的なイタリア人ファンに嫉妬されたりもしましたか?

質問の意味はわかりますが、基本的に緊張感のあるものはなかったですよ。
逆に、イタリア人ファンの情熱と感情のなかにいることは楽しいものでした。
もちろん、80%は熱狂的なディルーカのファンだったので注意することもあったけれど、でもレース中に自分を応援する声もよく聞きましたよ。
これはまさに喜びだったし、私に力を与えてくれたのです。



恐らくですが、あなたをリーダーとするラボバンクチームにとって、問題をかかえたグランツールではなかったですか?

レース前にもマスコミには、ラボバンクはそれほど強くないとは言いました。
アスタナやLPR、その他のチームに比べてね。
しかし、我々は本来の力を発揮して、全ての疑念を払拭することができたようです。
この意味で鍵となったのは、16ステージのモンテ・ペトラーノのゴールでした。
このとき、チームメイトが私を助けてくれ、私はきっとうまくいくとわかったんです。



あなたにとって、モンテ・ペトラーノへのステージ(220キロ以上を走り、5度の山頂を越える)を制する事は必要でしたか?

このステージは辛いものでした。



ジロで鍵となったレースですか?

セストリ・レヴァンテ~リオマッジョーレの12ステージ以降、私はマリアローザを着ていました。
このステージの後、マリアローザを守るために戦うことができるとわかったのです。



前日にルート確認をすることができたと思いますが、事前に訪れていたステージはありますか?

いくつか訪れましたね。
二つの山や、ボローニャとベルガモへゴールするステージです。
そう言ったことはたいしたことではないと考えるのが通常で、深く考えなかったことを後で長く後悔するものです。



2位とのタイム差がたったの41秒だったというのは驚きですか?

そうですね。あなたは3週間ものレースですからライバルに差をつけられると思うかもしれませんが、実際のレースでは秒単位の闘いとなるのです。


私には、あたながフレッシュなまま3週間を終えたように見えましたが・・・どうですか?

基本的にはそうですね、私はとてもフレッシュですよ。
レースを終えてなお、そう感じています。これはいい兆しだと思いますよ。



あなたは「ブエルタ」を征し、今回は「ジロ」を勝ちました。次は「ツール・ド・フランス」ですか?

もちろん!これからスペインで休んで体を回復させて、ゆっくりと準備をしていくつもりです。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

やはり・・・表彰式の国歌は今の国歌ではなかったのですね!
ウィキペディア
流れたのは、エリツィン大統領時代のものだったようです。

しかし・・いいのか?イタリア?苦笑。


そして、この話題をすると、旦那が「インターナショナル」日本語版を歌い出す・・・・・。
なぜこの歌を歌えるのだ?我が旦那・・・・???


とりあえず、メンショフさんにはゆっくり休んでもらって、良い状態でツールに臨むですよ!


スポンサーサイト