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2008.01.27 INTERVIEW
「CYCLE SPORT AMERICA」に載っていた、ウラジミール・カルペツのインタビューを、なんとか半分ほど読むことができました(ネットと辞書を片手に!)。

今までのmyspaceでの彼とは違い、なんというか紳士的なインタビュー記事にびっくりです!
(ひどいなあ!笑。しかし旦那は「myspaceのカルペツが本物だ!こんな記事はいくらでも編集者が編集できるからね!」と、あくまで、軽い感じのカルペツが希望のようです・・・苦笑)

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変な牛とのにこやかな2ショット・・・・。


『サンクト・ペテルスブルクからスペインへ』と題されたインタビュー。
超意訳です。あ、とてつもなく長文の予感がしますので、箇条書きにしますが、興味のない方はすっとばして下さいね!


『クズネトソフの自転車学校時代から、プロツールで2勝上げるまでの彼の道のりを追う』

・彼にはロックスターのような外見とは裏腹に、レーサーとしての違う一面があるのだ。
・今から27年サンクトペテルスブルクにスポーツ大好き両親(イリーナさんとアレクサンダーさん)の元に産まれる。
・ロードレースという世界に入るにあたって、スポーツに理解のある両親の応援は何よりも大きな助けになった。
・最初に入った自転車学校は資金不足で閉校(ロシア自体が不安定な時代だった)。
・しかし、ラッキーなことに、アレクサンダー・クズネトソフに見初められ、彼の超有名なサンクトペテルスブルクの自転車学校に入学する。
・個人追い抜きや団体追い抜きでそこそこ成功するが、閉鎖的なところをぐるぐるまわるのはまっぴら!ロードこそ自分の運命!と思う。

・Itera(ガス会社がスポンサーの有名チーム)にてロードレースを走るようになる。
・プロ2年目の時に、Banestoのスカウトの目に止まるも、交渉権はなく、また、クズネトソフも彼をチームから放出したくなかった。
・クズネトソフの方法は、まるで旧ソ連時代の軍隊の生活のように厳しく、朝から晩まで自転車で、自分の時間は30分もない生活だった。
・ロシアの友人達はスペインに住み、世界中をレースでまわる彼をうらやましがったけれど、彼にとっては辛い時代だった。
・クズネトソフからは「彼らのチームは私が慎重に選びたい!彼らに他の選手のボトル運びだけをするような選手になってほしくないんだ!とにかく彼はまだ若すぎる!」と言われていたのに、自らBanestoのスカウトに電話をするウラジミール。
・Banestoにはすぐ有力新人として加入することができた・・・クズネトソフとちょっとしたしこりは残ったけれど。

・彼は今2歳半と5カ月の二人の男の子の父親であり、愛すべき妻、タチアナさんの夫でもある!
・彼女は普段は航空機の技術者で、今は家族のため時間をつかっている。

・Banestoでは言葉の問題や、主導権のなさ、死にものぐるいで新しい自分にならなけれはいけないという、過酷な時期もあった。
・そんな彼を助けてくれたのが、同じロシア出身のデニス・メンショフだった。
・メンショフは彼にとって友人であるとともに守護天使のようでもあった!
・パンプローナの中心地にお互いに歩いて3分の距離に住み、メンショフの御陰で彼は順調にチームにとけこむことができた。

・彼自身は認めないけど、彼はスペインでは立派なスターになった。
・遠出にはレンジローバー、街乗りにはミニクーパーを使い、郊外に素敵な3階建ての家を手に入れるまでになった。
・今住んでいるパンプローナはみんなお互いに顔見知りのような小さい街で、この町が大好きなんだ!
・しかし、人口400万人以上の大都市(サンクトペテルスブルク)で生まれ育ち、この生まれ故郷の全ての物も大好きである。
・サンクトペテルスブルク出身の他の選手達、エキモフ、ミハイル・イグナチョフ達に聞いてもきっと同じようにこの町のすばらしさを語ると思うよ。とのこと。

・スペインでは人生は静かに流れる。それは何よりすばらしい!
・スペインで子供用の家具を頼んだけれど、6カ月たった今でもできあがってはこない。ロシアだったら1週間でできるだろう。
・でも、そんなちょっと不便くらいのほうが、気取っていなくて自分には合う。
・スペインは太陽がたくさんふりそそぎ、何人でも気さくに話しかけてくれる国だから。
・ヨーロッパにはここよりもっと生活水準の高い街はたくさんあるれど、そこでは「ただのロシア人」としてしか扱ってもらえない。

・1歳半の息子は「エリック」、5カ月の息子は「シドニー」で、ロシア風の名前ではない。
・名前には彼らの未来があるから、ロシア風である必要はない。
・ロシアには時々休暇で帰るのが丁度良い。
・子供達は、このままスペインで教育をうけ、大きくなっていって欲しい。




長いですが~~~これでもまだ半分です。・・・・・・・。

でも、私にとって衝撃の事実!子供がいたのか!!ということが判明し、とてもとても有意義な翻訳作業でした。
奥さんくらいいるとは思ったが、二人の男の子のパパとは!!!あの風貌で!笑。
いや~いろんな発見があって楽しいインタビューです。
サンクトペテルスブルクでの自転車学校時代については知ってはいたけれど、こういう学校だったというのは初めて知ることだったし。
でも、クズネトソフさんとのしこりは大丈夫なのか・・・?
「時間が解決してくれる」みたいな事が書いてあったけど・・・・。



さ~残りの翻訳がんばろ~~~と!
なんか、大好きな音楽についても語っていたなあ~~~。と言うわけで、次回に続きます!



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